香川大学工学部が、2月23〜24日に4町パティオ広場に「足湯」を設置されます。市内を走るサイクリストの水辺として、また商店街を訪れた方の休息場として、提供しようという実験です。
「4町パティオ」の由来である「パティオ」とは、スペインでもともと「馬車のための水辺」であったこと、昭和8年には現在広場に面するソレイユビルの位置に高松温泉があり、現在も広場に面して天然温泉を扱うスーパーホテルが営業していることから、「湯」には広場のオーセンティシティとしての愛着やコミットメントが感じられ、広場にセンス・オブ・プレイスが生まれるのではないかと考えられています。
世の中暖冬とは言われていますが、屋外に長居すれば体は冷えてきますよね。足湯に使って体を温めながら、ほっこりとコミュニケーションを図っては如何でしょうか?
■日程・時間 2月23日(金)、24日(土) 10:00〜18:00
■地図はこちら(中央スーパーホテル北側です)。
■3年ほど前、鳥取砂丘で偶然出会った足湯。確か、玉造温泉から運ばれてきたものでした。夏でしたが、砂浜遊びをした後入ると、ほっこりした気持ちになりました。

下記は、2006年3月17日〜19日に行われたイベントの様子を、高松ケーブルテレビで報道された様子をご紹介します。
※オーセンティシティ:当初から変わらずに保持されつづけている要因
※センス・オブ・プレイス:ある空間に対して人々が共通に抱く特別な感覚や記憶等を意味し,人々と場所との間に帰属とコミットメントの意識を喚起させようとする考え方
■関連サイト
□4町パティオ協議会BLOG
□ふくだぶろーぐ
大阪大学工学部地球総合工学科環境工学科目(H18年度入学生より環境・エネルギー工学科)の3年生がデザイン演習として「水都OSAKA再生企画・設計」をテーマに、水都大阪の「未力」と「魅力」を収集し、再生の具体案を企画・設計しました。
当成果について、大学内での発表会や講評会に留まらず、社会に発信し交流することが重要との観点から展示するに至ったものです。取り組んだ学生には大阪出身ではない者もおり、演習と本展示を通じて大阪を知り、愛着を持ち始めるきっかけになることも期待しています。
なお、当該演習は「中之島物語の社会実験」(主催:中之島活性化実行委員会)の影響を受けて実施されたものであり、同委員会の協力を頂いてここに展示いたします。デザインの内容が実現するとは限りませんが、ご覧頂く皆様におきましても大阪・中之島について改めて考える機会となれば幸いです。
【日程】
1月19日(金)〜2月18日(日)
【展示場所等】
中之島公会堂前及び大阪水上バス淀屋橋港待合所(下記赤印)

GoogleEarth(kmz)
【主催】
中之島活性化実行委員会
大阪大学工学部地球総合工学科環境工学科目(現 環境・エネルギー工学科)
【協力】
中之島高速鉄道(株)
京阪電気鉄道(株)
中之島新線建設工事施工者一同
大阪水上バス(株)
【関連記事】
大阪大学工学部ブログ
【演習の様子】
■10 月上旬:陸上調査に加え、ボートで中之島を水上より調査。大阪の現状を肌で感じました。

■11 月上旬:大正にある水辺に隣接したオフィス(坂本さんのアジト)での夕食会。普段接することの無い水辺の良さを感じました。

■11 月下旬:コンピュータ(3DCAD、3DCG)によるデザイン。3 次元空間でコンセプトを形にしていきました。

■12 月1 日:学内における最終ジュリー(批評会)。大阪市役所、まちづくりコンサルタント、設計事務所の方など、実社会で大阪のまちづくりに取り組む方々からもご意見を頂くオープンジュリー方式としています。

この地で宿泊したホテルでは、電気はホテルで自家発電しており、通電する時間帯が午後5時頃から午後9時半までと限られている。以後は文字通り消灯だ。たまたま懐中電灯を持ち合わせていたが、夜中に用があるときは普通蝋燭を使うしかない。
■朝のホブジカ。一面に草原が広がり、牛や馬の放牧、ジャガイモ畑が広がっている。

■村は昔の日本の風景にどこか似ている。井戸水で洗濯や洗髪するお母さん、外にある便所、牛や馬と一緒の生活。なんだか懐かしい。

■写真は子供達がビー玉で遊ぶ様子。なんだか懐かしい。

■小学校の風景。教室では音楽に合わせて演技の練習が行われていた。また壁には教育指導要領とでも言おうか、教師が教えるべきポイントが書かれていた。基本的なことだが日本人も見習うべき点が見られる。

■子供達は幼稚園から英語で授業がある。国語(ゾンカ語)以外はすべて英語だ。ブータン人の先生の数が少ないためインドからの先生も多いこともあるのだろう。「Give me a picture!」「 Give me a pen!」とおそらく覚えたての英語で健気に話しかけてくる。愛嬌たっぷりだ。彼らに後で写真を送ってあげよう。

■学校へ向かう子供達。当日は「Teacher's Day」という休日でスポーツフェスティバルが行われるとのこと。皆制服を着て張り切って通学していた。通学に3〜4時間かかる生徒もいるらしい。皆生き生きとした目をしていたのが印象的だ。

■GoogleMap(Phobjikha)
■GoogleEarth(Phobjikha)
※GoogleEarthのインストールが先に必要ですが非常に面白いのでお試しあれ。
■プナカ・ゾン。プナカはパロより東へ122km(車で約4時間半)、首都ティンプーより東へ76km(車で約2時間半)のところにある。標高は1,350mで、パロ(2,300m)やティンプー(2,400m)に比べて1,000m以上も低く、過去300年にわたりブータンの冬の首都であった。まちの中をプナ・ツァン・チュ(チュはゾンカ語で川の意)が通る風光明媚な場所である。
さてプナカ・ゾンは1637年完成でゾンの中では最も美しいといわれる。ポ・チュ(父川)、モ・チュ(母川)の合流点に建ち、全体が船のようだ。日本では見られない、紫の花をもつジャガ・ランタがとても美しい。

□エントランス。勾配のきつい階段が待ち構える。

□玄関を入ると仏教美術に出会う。写真は代表的なひとつで「老人」は長寿、「水」は恵み、「木」は成長と繁栄、「岩」は安定、「シカ」は平和と協調、「鳥」は自由を表す。人間が生きるために必要不可欠な内容が一枚の絵に凝縮されている。

□中庭。チベット様式のチョルテンとボダイジュ。そして大きなウツェ(本堂)。


■ワンデュ・ポダン・ゾン。1638年に完成。川に突き出して横たわっている。ワンデュ・ポダンはプナカより南へ20km下ったところにある風のきつい町だ。

□石畳の中庭。真ん中にそびえるのがウツェ(本堂)。

□「Give me a picture!」と子供達が集まってきた。

■パロ・ゾン。1645年頃に完成。パロは前回ご紹介したとおり、国際空港のある町だ。山がちのブータンにあって比較的平地が多く人口は2万人である。

■GoogleEarth(Punakha)
■GoogleEarth(Wangdue Phodrang)
■GoogleEarth(Paro)
※GoogleEarthのインストールが先に必要ですが非常に面白いのでお試しあれ。
ブータンは1976年のある国際会議で述べられた、当時まだ21歳だったジグメ・シンゲ・ワンチュク国王のスローガン、「GNP(Gross National Product=国民総生産)ではなく、GNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)」を国策としている。これはお金やモノなどの物質的な豊かさよりも精神的な豊かさ、伝統的な社会・文化、自然環境などのほうが大切だという意。国にとって大切なことは経済成長を続ける発展ではなく、国民自身がそれぞれ「幸せ」だと感じることなのだ、と一国のリーダーが世界に宣言し実践しようとしている。
2005年の国勢調査で「あなたは幸せですか?」の質問に対し、「とても幸せ」或いは「幸せ」と答えた国民が全体の97%に上ったそうだ。日本ではどうだろう?
国王は、Time誌5月8日号「The lives and ideas of the world's most influential people」の一人にも選ばれている。
■風にはためくダルシン(経文旗)。「ダル」は旗、「シン」は木の竿を意味している。ブータンの家の前や丘の上など至る所で見かけブータンの象徴ともいうべき装置だ。写真はホブジカ村に入るところで。

■山のかなり高い位置にも家がぽつぽつある。日本の村のように集まって住む形態ではなく、個々の家が独立的に住む形をとっている。先祖代々この土地に家を建て、家の前に段々畑を作り自給自足の生活を営んでいる。山の麓からの荷物の運搬には馬を使い、1週間に1度程度下界に下りてくるそうだ。個人は土地を17エーカーまで所有することができる。写真はホブジカからワンデュ・ポダンの途中で。

■ドマ(ビンロウ)。ブータン人は、これをパネ(キンマ)という葉に包み食べるという。よく道端に食べかすの赤い汁が落ちているのを見かける。ガンテ・ゴンパにて。

■ブータン唯一の空港、パロ(Paro)国際空港。2004年にエアバス319が就航したことで輸送力がアップした。谷間を縫うように着陸する。

■GoogleMap(Paro International Airport)
※GNP:一国における一定期間の経済活動規模を貨幣価値であらわした指標の一つで、生産される場所に関わらず、その国の国民が生産した財やサービスの価値額を合計したもの。日本は世界第2位。
]]>■シェムリアップには幹線道路は舗装されつつあるが、信号はまだ数箇所しかないそうだ。滞在中は1箇所しか見当たらなかった。初めて設置された数年前人々は何に使うものか、不思議だったようだ。写真はインドのような光景でにも見えるが、まだまだ交通量が少ないのと、ドライバーがクラクションを鳴らさないので静かに感じる。

■幹線道路から一歩入ると未舗装の道路に入る。

■現地で建築設計を営む日本人が経営するカフェ「MoiMoi」。ご飯がおいしく料理も日本人の口に合う味だ。

アンコールワットが「天空の楽園」をテーマとしたヒンドゥー寺院であるのに対し、バイヨンが「王国の救済」をテーマとした大乗仏教寺院である。
■観音菩薩の四面塔。テラスに49、5つの塔門を入れて全部で54ある。

■入り口よりバイヨンを見る。

■第一回廊。アンコールワットと同様に一大絵巻が見られる。

■絵巻ズーム。クメール軍の行進。

■木陰の間よりバイヨン寺院を見る。

その他データ
創建者:ジャヤヴァルマン七世
創建年代:12世紀末
信仰:大乗仏教
■カンボジアの人々にとっては今でも聖なる場所。橙の衣をまとった巡礼中の青年。

■入り口の環濠で沐浴するカンボジアの人。

■環濠の手すりの下で休む子供達。カンボジアの人々はのんびりやでおとなしい印象だ。

■遺跡は自然の影響(雨季と乾季、コウモリの糞による塩害)・人為の影響(過去の内戦の戦場にもなった)により風化が進んでおり修復作業が行われている。柱に残った弾痕。

■修復作業は国際協力により行われている。日本からはアンコール遺跡国際調査団、JSAなどが参画している。写真は参道の修復の様子。

■第一回廊。非常に密度の濃い絵巻物が展開されている。表面は漆塗りがなされていたそうだ。また回廊を構成する柱や梁などが修復されているが、年代毎に修復の様子が異なるのもよく判る。

■南側の天国と地獄のレリーフ。何をしているところがお判りだろうか。

■連子状窓。透過視性により、外の景色を垣間見ることができる。光により作り出される影もとても美しい。

■第三回廊から見る中央祠堂。様々な場所で修復が行われている。

■登るのを拒否しているかのような急勾配の階段登り。45度以上の勾配、スキーなら上級者コースだ。

■エントランスである薄暗い西塔門の内部を通りすぎると、塔門の中に縦長の長方形に切り取られた開口部越しに、中央祠堂が見える。これはフレーム効果を意識した設計で中央祠堂の高さを強調している。

■西塔門を抜けると4本の柱のたつポーチから、水平に広がる中央祠堂群が見える。ポーチの柱により仕切られている枠取りから建物全体がはみ出すようにみせることで、規模の大きさを強調している。

■参道は約600mと長く、中央に位置する尖塔があるときは見え、あるときは見えなくなる。歩くにつれ中央神殿への期待が高まっていく。尚、伽藍配置は左右対称となっているが、近年の調査により左右の長さのずれはわずか5cmであることがわかった。測量精度、建築精度の高さを物語っている。

■クメール建築は、木造、レンガ造を経てこの時代には石造となっている。構造部はラテライト(中央の火山岩のような石)、表面は化粧用として砂岩(右端)が用いられている。

■その他資料
創建者:スールヤヴァルマン二世
創建年代:12世紀前半に25,000人/年×30年をかけて造られた。
研究会の後、地元の建築士会の案内で、味方(あじかた)村の笹川亭とそれに隣接する曽我・平澤記念館を訪問した。「曽我」氏とは、エコ村プロジェクトの関係でお会いした、眞念寺・小林住職にご紹介頂いた「曽我量深(そがりょうじん)先生」だ。小林住職は曽我先生に初めてお会いした時に、「親鸞聖人が現在生きていたらこんな人ではないだろうか」と思われたそうだ。
■左が平澤先生、右が曽我先生。

■記念館内の腰窓から眺める雪景色。

■笹川亭は1570年ごろの越後大庄屋屋敷。建物総面積は約500坪。エコ村の敷地の約1/9もある。写真は表門をくぐったところ。重要文化財に指定されている。

■玄関を入ると広間が広がっている。

■笹川亭より記念館を見る。

夜間環境は「安全・安心」が基本ですが、それに加えて場所の特性により、思わず散歩に出かけたくなるような「演出」も考える必要があります。演出とは派手にすることではなく、心地よい雰囲気を作り上げることです。ので、光を加えるだけでなく、減らす検討も必要なわけです。
以前、デザインさせて頂いた神戸風見鶏の館・萌黄の館と周辺の広場では、周辺が住宅地であることも考慮し、大型観光バスがやってくる雰囲気ではなく、落ち着いた夜間環境を指向しています。また、既にある照明器具がまだ使えそうだったので、リユースしています。
計画している夜間環境を事前に検討するシミュレーション手法には、模型を使ったり、CG/VR(コンピュータ・グラフィックスやバーチャル・リアルティ)を使ったり、現場でのあかり環境実験などの手法があります。
シミュレーションでは、計画している状態に近づけることが目標で、できればシミュレーション時に計画内容の照明器具をすべて配置するのが望ましいのですが、費用も時間もかかるので現実的ではありません。そこで、広場全体のシミュレーションとしては、これまでもVRを使って検討してきましたが、やはり実際のあかりの感覚を協議会関係者に体験してほしいと考え、今回実験を行うことになりました。
■準備の様子。実験で使う花壇などの機材は100均ショップで買ったものを工作して作りました。

■通常のあかり環境。広場のポール照明はまぶしく感じる割には効率的ではありません。また周囲の看板の照明が目立ち過ぎます。

■まず、広場のポール照明やホテルの看板照明を消してみました。これから実験のあかりを加えていきます。この段階でも周囲の店舗の光がかなり影響していることが判りました。

■アーケード(3町ドーム)に付いている照明器具の角度が悪く、通行者がまぶしいと感じているので、照明を下ろして器具の角度を修正しました。すると、まぶしさ(グレア)が少なくなりました。

■協議会メンバーの生成りのパラソルをライトアップしてみました。その前に実験した緑のパラソルより映えました。

■和傘にライトアップしてみました。いつもこの空間だと合わないでしょうが、イベント時には使えそうです。特にこの赤い和傘はよく映えました。脇には毛氈と和紙を使ったベンチを置いています。

■ビルの3階の部屋から、安全・安心を確保するためのあかりを照らしてみました。現在よりも数段明るいことが確認できました。

■自販機は必要以上に明るく眩しいので、フィルターを貼ってみました。結果、かなり眩しさを抑えることができました。

対象となる広場は、高松市中心部でも類まれなオープンスペースであり、広場に建物が面して建つ、日本では珍しい小広場です。通行量が中央商店街の中でも多い場所のひとつですが、広場周辺は市民にとってあまり良い印象をもたれていません。それは、広場の入り口にある交番が広場と商店街の目線を遮るためなのと、そして広場内には花壇や標識などの工作物が必要以上に溢れ、多様な利用がしにくい状況であるからです。そこで、この場所を地域の人びとや訪問者に親しまれる「みんなの中庭」に再生させ、まちなかの活性化に寄与することを目指してきました。
高松に限らず、日本は都市中心部の活性化が急務となっています。まちづくり三法の改正も対策の一つですね。ただ、法改正をすれば十分な訳ではなく、具体的にどうやって人に来てもらうかを考えなくてはなりません。
課題解決策の一つとしては、地域住民や商店主が自らまちづくりに積極的に関与していき「元気な地域」であることを継続的に発信していくことが考えられます。日頃から商売をしている商店主はこれをするだけでも大変なのですが、仮に地元がこのような姿勢となった時に、地元に対する専門家のあるべき姿とは、「地域の人々のためにしてあげよう」ではなく、「地域の人々と一緒になって考えよう」であるでしょう。このようなコンセプトを実現しようとする試みが本プロジェクトの特長です。
広場整備は通常行政が事業主体となることが多いのですが、本プロジェクトでは、地域の商店街(南新町、田町、常磐町)や自治会(亀井町)が4町パティオ協議会を設立し、この協議会が事業主体として計画を進めています。また、整備後の維持管理やイベントの企画についても、協議会のメンバーが牽引役となるべく企画を進めています。
広場や街路という公共空間の魅力は、それに面する建物の利用方法やデザインにより飛躍的に向上するのでしょう。そのため、広場整備の計画を立てる前に、広場に面する地権者により建物側のルールを「街並み協定」として定め、その一部を法的拘束力のある都市計画に位置づけました。これにより、建物所有者が変わるようなことがあっても、当初のコンセプトが継承できるような仕組みが整ったわけです。自らの資産の自由度を制限しても、まちが良くなるように取り組もうという関係者の決意が生まれたことも目に見えない成果といえるでしょう。
具体的な広場の計画は、花壇、標識、ベンチ、電柱、街灯などの工作物が雑然としている現状を打破するため「引き算のデザイン」をコンセプトとしています。緑陰を作り、シンボル的存在である樹木をできる限り残す一方で、小広場が多様な使い方に対応できるように、ベンチや花壇、照明などは取り外し可能な仮設工作物を検討していますが、日本にはそもそも広場という概念はなく、広場といっても実は道路用地なので、オープンカフェの社会実験が各地で行われているものの、まだ仮設工作物を常設するのでは設置許可が下りません。知恵を絞っているところです。また、東西方向の歩行者動線をしっかりと確保するため広場の両サイドは通行スペースとしています。その間に生まれる広場中央スペースは、カフェテラスとし、パラソルの下で飲食することができます。
我々専門家は、「地域の人々と一緒になって考え」るために、通常よりも数多く協議会の方々と会議を設け、スタディを重ねてきました。大阪に住む専門家が250km離れた高松市まで20日に1度以上のペースで訪れている計算になります。またデザインスタディでは、VR(バーチャルリアリティ)システムを用いてきました。このシステムはエコ村プロジェクトでも活用されていますが、ノートPCで稼動し、パソコン上に定義された三次元仮想空間をマウス操作により、検討者の見たい視点からリアルタイムに検討することができます。また、現況と計画案の比較や、昼景と夜景の比較などを様々な視点場から行うことができます。マウスドラッグにより、設計対象を移動・回転させることも可能です。このシステムは、専門家でない協議会のメンバーが容易に計画案を理解することができると、非常に高い評価を得ています。
2006年3月17日〜19日には、市民を対象としたイベントが開催され、広場計画に対する協議会の熱意を一般市民に理解してもらうと共に、夜間には照明実験を行い夜間環境の計画案を関係者がプレ体験されました。
本記事では以下、18日・19日の日中に展示した、VR(Virtual Reality: バーチャル・リアリティ)、MR(Mixed Reality: ミクスト・リアリティ)システムを使って広場デザインの内容を紹介した様子をご紹介します。
■VRによる紹介。VR映像を、地元の方にお借りした42インチの液晶テレビに映し、ゲームコントローラを使って、広場の将来像を3Dで確認することができます。現状と計画案の比較をしたり、昼景と夜景を比較したり、アーケードと広場の間にあって両空間を遮っている交番をバーチャルに取り除いてみたりして、市民の方のご意見を集めました。

■日曜日の風景。土曜日は雨、日曜日は風に悩まされました。
おまけに日曜日はWBC(World Baseball Classic)と重なり人通りが少なかったです。そこでまず、設置したテレビでWBCを放映してパブリック・ビューイング会場とし、CMの間に広場の将来をプレゼンテーションしました。

■MRによる紹介。MRとは複合現実感のことで、VRの表現が全てCGで作られているのに対し、MRは現場の実写映像をコンピュータに取り込み、CGと実写映像をコンピュータで合成します。センサー類も付けており、今いるその場の将来像を確認することができます。漸くできた一号機はまだまだ改良点が多いですが、まずはお披露目して忌憚の無いご意見を頂きました。

■西日本放送さんや四国ケーブルテレビさんが来られ取材を受けました。写真は広場の将来像を説明している様子です。

わいわいみのお園は、
@作物作りを通して「食」に関する知識を深めると同時に環境への意識を高めること
A年輩者から子供たちまで保護者を含め、幅広い年齢層の人たちが交流できる場を造り出すこと
を目的としており、箕面市小野原東の土地をお借りし、地域の人びとと行政、学生が一体となって農園作りを行おうとするものだ。
■農園となる土地は500m2程で現在耕耘機も使用できない荒地だそうだが、雑草の根取りから始めて春に備えるそうだ。

■開園式が先日1月15日に開かれ私も出席させて頂いた。式典後のもちつき大会では、薪をくべてもち米を蒸し、皆でもちをついた。この地区は西国街道沿いにあり、都市化の影響を受けながらも古い家並みが残っている。


翌日、小舟木エコ村プロジェクトの関係でミラノ工科大学デザイン学科のマンティーニ教授にお会いする機会を得た。教授は持続可能なライフスタイルを研究対象とされ、世界中の大学と共にSustainable Everydayというワークショップを実践されたことで知られる。彼によると持続可能社会の一つのキーワードは、「国家や自治体に頼らない、地域の人々による自己組織化」であり、わいわいみのお園のような取り組みもその一つにあたると考えられる。
学生もこの地域に沢山下宿しているが、研究が忙しいのと下宿なのでその地域に愛着がもてない気持ちから、地域活動には無縁の人が多いと思う。そのことを日頃から不思議に思っていた学生同士が話し合いを繰り返し、今回のプロジェクトを企画したという。
学生が主体となって行政や地域との折衝を通じ、現在開園までこぎつけたことは素晴らしいことだ。しかし学生の宿命か、ほとんどの学生はいずれ卒業しこの地を離れるだろう。本当に続けたいと考える学生が、この取り組みを自分の仕事とするのも一つの手だ(徳島新町川パラソルショップ運営の例をまたご紹介)。もしくは、うまく世代交代しながら持続可能なものにするにはどうしたらよいか、知恵を絞る時期がくるかもしれない。
こんな障害も、きっと彼らなら乗り越えてくれるだろう。
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建築デザインの分野では、地形や生物など自然界の曲線を表現するフリーフォームデザインが一つの潮流になっている。このような形はコンピュータによる3次元設計(Computer Aided 3-Dimensional Design)で意匠を検討すると共に、複雑な構造計算もコンピュータで可能となったことで、デザインの実現が可能となっている。
2005年、深圳に新築されたコンピュータ関連会社の新社屋ロビーに、台湾国立交通大学・劉教授チームのフリーフォームデザインが完成したので案内していただいた。ロビーに自立する鉄骨造のオブジェは、伸びやかに舞う龍のようであり、会社の成長を表現しているようであった。視点場を色々変えて眺めてみると、3次元曲面が色々な表情を見せてくれて飽きない。ライトアップされた夜景も中々見事だ。
■3次元曲面を観賞するベストスポットからの昼景と夜景


■上階より。


■全景。一部は受付カウンターとなっている。
