2008年11月19日
家のジェネレーション
しばらく、ほんとうにしばらく、お休みしていました。
ひらひらと、いつもつかみどころのないちょうちょ便ですが、
これからもひらめくままに送らせていただきます☆
人間、性格というのはなかなか変わりませんが、
考え方というのは劇的に変わっていくものなんですね。
今年はじめにふたり目を産んだのですが、
産んだ直後から、
もう一回産みたい、いや何度でも産んでみたい、
と思っています。
現実・・はともかくとして、ただ純粋に何度でも産んでみたい。
まるでさなぎになった気分の臨月から、
産み落とすまでの、
強烈な変成感覚にも魅了されていますが、
もうひとつ、
生まれてくるかたちそのものに魅惑されています。
1人目を産んだあとは、
別の人との子供も産んでみたい、と他意なく思ったものです。
ほんとにそれ以上の意味はなく、
純粋?に別の遺伝子との掛け合いを見てみたくなって・・。
でもふたり目を産んでみて、同じ男女の組み合わせでも、
遺伝情報の取捨選択によって
こんなにも1人目とタイプのちがう子が産まれてくるんだなぁ、、
と驚かされました。
遺伝子というのは、それこそ何億年も前からつながってきていて、
その過程がすべてDNAにインプットされているとしたら、、
1人の人間の中に、膨大な量の遺伝情報があるわけで。。
近いところでいえば、私や夫の1000年前のご先祖様の遺伝形質が
ひょいっと顔を出してもおかしくないかもしれない。
ふたり目の赤ん坊は、
私にも夫にも娘にもあんまり似ていないのですが、
そういえば私の父に似ているような?
いや、父のおじいさん、そのまたおじいさんかもしれません。
世代をとび越えた、気の遠〜くなるような繋がりを感じさせてくれます。
ほんとに。
夫との子を何人産んだとしても、この驚きは永遠に続くのでしょう。
互いのどの遺伝情報が出現するのか、どれとどれが掛け合わされるのか。
部分的ですが、赤ん坊の耳の形は上半分が私、下半分は夫にそっくりで、
掛け合わされているようです。
形が遺伝していくってほんとに面白い。
建築のデザインにはどうしても作為が入ってしまうせいか、
こうした形の生成(generate)の仕方には魅惑されてしまうのです。
遺伝形質を取捨選択したり、組み合わせを決めるのは、
究極の無作為なのか?否か。
いま、我が家族のための新しい家づくりに取り組んでいますが、
それはまるで新しいものではなく、
これまで住み馴染んだ家から受け継ぎたいものを土台にして
これから営み続けたい生活を掛け合わせてみます。
家にも遺伝子というのがちゃんとあって、
それは次の世代、その次の世代へと、
大事な形質をバトンタッチしていけるんじゃないだろうか。
1000年先の子孫にも、受け継いでもらえるものがつくれたら、いいな〜。
gene(遺伝子)
generate(生成する)
generation(世代)
おんなじような顔をした家々が並ぶ景色には、
やはり、生理的な違和感があります。
ソフトが違えばハードも違って当たり前。
個々の家族の生活様式はもちろんのこと、
その家族の世代(generation)ごとに繋がってきたものを見極めて、
その遺伝子(gene)を、かたちや仕様に活かしていけたら素敵です。
世代や時代の変化に揺るがない普遍的なものが
家にはあってほしいと思います。
ふぅぅっと力がぬけて、ぼーーっとくつろげるのは、
ずっと守られてきた何かがそこに在るから・・じゃないのかな。
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